心の呟き 子育ては親育ち

子育ての中の混乱

私たち親は、

妊娠がわかった時には「無事に生まれて欲しい」と祈り、生まれた後は元気に育って欲しいと願います。小さい頃はしつけのために叱ることも素直に受け入れていた子どもが、次第に言うことを聞かなくなる。そこで四苦八苦。

そして次には、成長とともに親の「こうなって欲しい」という願望が加わってきます。

思春期に入ったことで子どもは自立への道を歩きはじめ、親は子離れの課題に取り組まなければなりません。私は思春期を迎えた娘に対して、「この子こんなに可愛くなかったっけ?」「これも自立への道?」そんな風に、心の隙間にフ~ッと寂しい風を感じることもありました。

親として「これはいけない」と、子どもへの言動にダメだしをしている人は少なくないと思います。自分(親)の庇護のもとでしか生き延びられない存在(我が子)に対する言動の重さを、私たち親は、どれだけ深く受け止めているのでしょうか?

親子という関係でなければ与えることのない態度、現状に抵抗できない子どもに対する親の言動は、親が想像している以上に大きく影響を与えています。 大人になっても、自分で自身を認められず、チャレンジする勇気をもてない傾向が強くなる原因が次にあります。

1:「怒る」と「叱る」の混乱
2: 無意識の人格否定
3: 子どもに頼りすぎている
4: それではダメ!お母さんがやってあげる・・・という過干渉

1:「怒る」と「叱る」の混乱

「何回言ったら分かるの」 「どうしていうこと聞けないの」 というキツイ口調・・・ やってしまいがちです。

良かれと思って、子どものことを思って、のことのはずなのに・・・

しかし、子どもは 「はい、お母さんの言うこと全て分かります」とか、「これこれしかじかの理由でわかりません」などと答えるはずもありません。

この投げかけに、子どもはどんなメッセージを受け取っているのでしょうか? 「何でもいいから、お母さんの言う通りにしなさい」
「キチンとできないなんて、ホントにダメな子」などなど

子どもの心には、圧倒的に責められているという気分が押し寄せます。

感情的に怒ることは、子どもが「どうすればいいのか…」、という気づきや学びには繋がっていかないのは当然と言えば当然です。

そして、この言動には親の個人的なストレスが乗っかり、親自身の苛立ちや怒り焦りを解消させているかのように、大声となって怒鳴っていることはないでしょうか?

2:無意識な人格否定

「何やってもダメなんだから」
「いつもそうなんだから」
「ドンくさいことばっかりして」

親にしてみればささいな言葉なのかもしれません。 大きな意味など含んでないのかもしれません。叱咤激励のつもりかもしれません。

しかし、この言葉を日常的に浴びせられる子どもはどんな影響を受けているのでしょう? 子どもにとって(特に幼児期、児童期)は、親は絶対的な存在です。親が思う以上にかけがえのない存在として私たち親は君臨しているのです。

「あなたはダメ人間・・・」というラベルを貼ってしまう表現。
本当にそうなのでしょうか?
大人としての自分はできるのが当たり前かもしれないけど、子どもにとってはちょっとできなかっただけ・・ではないのでしょうか?

それができるようになったとき、思いっきりその子を褒めてあげていますか?できるのが当たり前・・と、できたことに関心を示さず、また別のできなかったことを探してはいないでしょうか?
このことが子どもに与えるメッセージは「完璧であれ!」です。
人が「完璧である」ことは不可能なことです。このように育てられることで、有りえないことを一生懸命追い求め、頑張り続ける人格が出来上がります。

いくら一生懸命努力しても「よく頑張った」という満足感が得られず、いつも焦りや不安がつきまとい、心穏やかでない日々が待っています。

一生懸命頑張り、努力することが子ども時代の自分を守る(生き延びる)術として身についた人は、大人になってもそのクセは治りにくいのです。

周囲の人がやり過ぎと思うほどに頑張ってしまいます。十分できているのに「まだまだ」と努力を続けヘトヘトになるのです。

もちろん努力することはとても大切なことですが、頑張ってる自分に実感がわかず、自分自身を潰してしまうほどやりすぎることに問題があります。

3:頼りすぎる

あなただけが頼りなんだから!」
もともと親の期待に応えたい子どもは もちろんそれに応じるべく頑張ります。年端もいかない子どもに対するこの言葉は、想像以上に子どもを大人びることへと急かせます。年齢以上に背伸びし、強くあろうとします。のびのびとした子どもの部分をありのまま表現できなくなります。
このセリフが与えるメッセージは「子どもらしく在るな!」です。

4:それではダメ!お母さんがやってあげる

子どもが好きな人にあげるバレンタインデーのチョコレートをせっせと作っています。普段ごはんの準備も手伝ったことがないので、おぼつかない手です。

子どもですから必ずしも上手にはできないこともあるでしょう。なのに見ていることが出来ず、「それじゃダメよ」と親が乗り出し、代わりに完成させてしまう。よくある光景かもしれません。

私自身、娘のチョコレート作りを見ていることができず、娘はもう寝てしまってるのに、私が娘のチョコレート作り夜中までやっていた記憶があります。知らず知らずに放っておくことが出来ず、一生懸命に親の役割を果しているつもりになっているかもしれません。

まれに、そんな姿を「優しい」「ほほえましい」と感じる人さえいるかもしれません。

しかし、この言動にはやり遂げる力を萎えさせ「何をやってもダメな自分」を感じさせることがあります。そうしてチャレンジへの気持ちが高まらない状態を作ります。いつも「誰かがやってくれる」とただ待つだけの人間になってしまいます。

まとめ

これらのことを考えていたら 子どもを作りたくない
子どもを育てるのが怖くなる‥‥
なんて感想を持たれる方もいるかもしれません。
あなた自身が親から言われた重なる状態を思い出し 複雑な気持ちを感じているかもしれません。

子どもに与える親側の影響。
親から与えられた子ども側の影響。
何もかも100点満点の子育てなんて有りえません。
振り返るきっかけにして頂ければと思います。
また、良い親になろうと
「アレをいってはいけない。コレをいってはいけない。」と 過敏に反応する人も居るかと思います。
そうなると子育ての楽しさや喜びを感じるものにはなりません。
子育てはむしろ力を抜いてください。
「子どもの生まれ持った力を信じて、 良いところを見つけ育てていこう」と意識してみてはどうでしょう。
そうして、心の中で抱え込んでいる子どもの手を、そっと放せると
                  親自身も自分に優しくなれるものです。

家族なのに・・・

たまたま ごく普通の出来事ですが
たまーに、家族との距離を感じる時がありませんか?

家族が居るのに・・
物理的にそこに存在しているのに、なぜか絆を感じることができない。

そっけなかったり、自分が思っているほど、家族は分かっっていない、思うようなリアクションが返ってこないことで淋しくなったり悲しい気持ちになったりします。

それは日常生活の中でふっとおとずれ、何とも言えない孤独感や疎外感を味わう。
自分なんて居ても居なくても、どーってことないと思って苦しくなってしまうことも。。
自分が悪いわけでもなく、誰が悪いわけでもなく
どうしてか、そのような時を過ごさなければならないことがあるようです。

もちろん、笑いの絶えない仲むむつましいご家族もいらっしゃるとは思いますが
そのような家族の一員である方が
「自分以外はみんな仲がいい。でも自分はその中に入れない」などこぼされる人もいます。
周りの家族は「家族の一員」と思っているのに・・ 人の心は不思議です。

家族だから
「分かってるでしょう」
  「当たり前のこと」
「そんなこと気にしてたの?」

家族だからこそ 気をつけなければならないこともあるのかもしれません。

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